◆ソナタとポストリュード (2012~13)
  Sonatas and Postlude  

<初演>2013年1月9日(水) 公園通りクラシックス
      松岡麻衣子×久保田翠 ライヴ
      Vn:松岡麻衣子 Pf:久保田翠

<初演時に配布されたパンフレットの原稿> 

2012年のジョン・ケージ生誕100年にちなみ、ケージ(CAGE)へのオマージュ作品を構想。題名は、もちろん《ソナタとインターリュード》を意識している。

◆ソナタⅠ<C> C音のみによるカプリッチョ(“C”apriccio)。
◆ソナタⅡ<A> A音の倍音(“A”rmonico)のみによるアリア(“A”ria)。
◆ソナタⅢ<G> G音から始まるグリッサンド(“G”lissando)のみによるガヴォット(“G”avotte)。
◆ソナタⅣ<E> E音(開放弦)を最高音とするアルペジョのみによるエコセーズ(“E”cossaise)。
            86の異なる和弦から成り、最後は「CAGE」の音に収斂する。
◆ポストリュード<J> アタッカで始まるコーダ。「C」「A」「G」「E」の4つのソナタ全てをジョイント(“J”oint)する。
             元の楽想を「CAGE」全ての音で演奏。最後は、ケージの作品そのものを「引用」して終わる。

(より詳しい解説はこちら↓をご覧下さい)

<より詳しい解説> 

2012年は、シェーンベルクの《月に憑かれたピエロ》の100周年の年であったため、私は、それにちなむ作品を2曲(《月に憑かれたピエロ―シェーンベルクが書かなかった7つの詩》 《月に憑かれたエチュード II 》)も作曲した。一方、ジョン・ケージの生誕100年・没後20年の年でもあり、私も、作品上演や、文章の執筆等でケージ・イヤーに与してはいた。しかし、《月に憑かれたピエロ》にちなんで2曲も作曲しておきながら、ケージ・イヤーだというのにケージにちなむ曲を1曲も書かないというのはいかがなものか、という想いが募っていたところに、久保田さんから10月下旬に作曲を依頼され、ピアノの内部奏法が可能な会場での上演ということもあり、この作品こそ、ケージにちなんだ作品にしようと、2012年末に滑り込んだ企画である。

まず、題名をケージの初期の代表作《ソナタとインターリュード》(1946-48)を拝借した《ソナタとポストリュード》とした。2010年にも《ソナタとエキシビション》という作品を作曲しており、その際に書いた「ソナタ」に関する言及を引用する。
~この題名における「Sonata」とは、ルネサンス後期からバロック期にかけてのそれであり、ソナタ形式とは無縁の単に器楽作品を意味する語としてある。従って英語表記は「Sonatas」と複数形になる。このような「Sonata」の概念は新古典主義時代に復活するが、20世紀における最も重要な「Sonata(バロック期の意味での)」は、ケージの《Sonatas and Interludes》であろう。~
今回も、ここでの「ソナタ」は、もちろん単に器楽作品としての意味である。

次に、各曲に音名象徴に由来する中心音を設定した。ケージは、その名前の全ての綴りが音名象徴で表わせる(「C」=ド、「A」=ラ、「G」=ソ、「E」=ミ」)、という意味で、バッハ(BACH)と並ぶ存在である。ケージのそれはAm7というコードを形成するダイアトニックな音(白鍵のみの音)となっていて、バッハのそれは半音で密集している。調性音楽の代表者と実験音楽の代表者、と考えるとその対比は反対のように思えるかもしれない。しかし、J.S.バッハが半音階的書法を好んだことと、初期のケージが実はダイアトニックな音感を基礎としていたことを思えば、この対比は完全に2人の音楽性を象徴してもいる。従って、この2人に限って言うなら、音名象徴の使用は、それぞれの音楽性へのオマージュと同義である。

曲は、「CAGE」の綴字4つに由来する4つの「ソナタ」と、ファースト・ネームのイニシャルである「J」にちなんだ「ポストリュード(後奏曲)」から成る。綴字に象徴される音名によって、各曲の使用音は極めて制限されている。このように、楽曲を構成する素材を限定して作曲に臨む姿勢は、初期のケージの作曲法にちなんだものでもある。(思えば、この曲が初演される演奏会でも上演される《6つのメロディー》は、なぜか現代音楽作品の名曲が少ないヴァイオリンとピアノの二重奏のレパートリーにあって、際立つ名曲である。ここでもケージは、予め規定された素材のみによって楽曲を構成している。)
また、それぞれの綴字は、音名としての象徴だけでなく、その文字を頭文字とする曲種を用いる等、作品内容にも影響している。

◆ソナタⅠ<C>
 様々な音域、様々な奏法による「C=ド」の音のみで構成されている。万華鏡のように変幻自在な奏法をアクロバティックに交替させていくカプリッチョ(“C”apriccio)。特殊奏法だけでなく、通常奏法においてもアクロバティックであり、例えば、ヴァイオリンには4つの音域のC音を同時にストッピングするアルペジョ、ピアノには2オクターヴの瞬時の跳躍の反復が要求されている。ウルトラ「C」の連続の末、最後にはケージの発明である「プリパレーション」によって、「C」の音が異化される。

◆ソナタⅡ<A>
 「A=ラ」の音の、倍音(“A”rmonico)のみを用いた、アリア(“A”ria)。ヴァイオリンは、A線と、完全4度下げたD線(即ち、1オクターヴ低いA線となる)の重弦により、自然倍音奏法のオクターヴユニゾンを終始演奏する。鳴る音はオクターヴだがストッピングは完全5度であり、第12倍音に至る高次倍音ともなると通常の押さえ方だと極めて音が当たりにくい。そこで何らかの工夫が必要となるが、初演者である松岡さんは、反対側から親指で押さえる方法を採用していた。
 ピアノは、この曲では最低音の「A」の弦のみを演奏する。片方の手で倍音の節を押さえた状態での打鍵なので、1本の弦から極めて多彩な音色を実現できる。ダンパーの手前側では第10倍音から第80倍音(!)までが指定されている。ダンパーの奥では、2/11、1/5、2/9、1/4、3/11、2/7、3/10、4/13、1/3、5/14、4/11、5/13、2/5、5/12、3/7、4/9、5/11、1/2 の、18通りの節が指定されている。このうち、1/4、1/3、2/5、1/2 の4つの節では、その周辺を移動することによる繊細な倍音変化を実現する。
 なお、この曲では2/4拍子、5/8拍子、3/4拍子、3/8拍子という4つの拍子を1セットとして循環している。そしてそのセットが4セット、5セット、6セット、3セットという区分で4つの部分(デュオによる掛け合い、ピアノソロ、ヴァイオリン・ソロ、デュオによるユニゾン)に分かれている。この全体構造の比率は、4つの拍子の長さ(4:5:6:3)に由来している。このような考え方は、初期のケージにおける平方根リズム構造の援用である(ただしケージは拍子単位ではなく小節単位で行っていた)。

◆ソナタⅢ<G>
 「G=ソ」の音を起点とするグリッサンド(“G”lissando)のみによるガヴォット(“G”avotte)。ヴァイオリンは、「G」線のみを用いる。1本指を維持したグリッサンドのみによる弦楽書法というと、ケージの《龍安寺》等の作品、或いはクセナキス(2012年が生誕90年であった)の諸作品やを想起するし、もちろん、ケージ(やクセナキス)へのオマージュであることからのこの着想でもあるのだが、ここでは、グリッサンドのみを用いつつ、極力ケージやクセナキスのイメージを払拭することを試みた(軽妙なガヴォットを用いることで、かなり異なる音楽性を獲得している)。
 ピアノは、ギターのボトルネック奏法で使用される「スライド・バー」を用いて内部弦をスライドさせることで、グリッサンドを実現する。(一般的な意味でのグリッサンド、即ち鍵盤上のグリッサンド奏法は、曲の最後に1度登場するのみである。)G音の弦の第2・4倍音、或いはC音の弦の第3倍音の節(いずれも「G」の音)を起点とするグリッサンドが指定されているが、スライドを弦に当てる効果を用いた場合は隣接弦も同時に鳴って半音のクラスター・グリッサンドとなる。


◆ソナタⅣ<E>
 ヴァイオリンの「E=ミ」の弦の開放弦を最高音とするアルペジョのみを用いたエコセーズ(“E”cossaise)。このアルペジョ奏法(4本の弦をまたぐ移弦によるスピッカート)は、パガニーニ(2012年が生誕230年であった)の《24のカプリース》第1番の奏法であるが、パガニーニ作品では時折この奏法が途切れるのに対し、ここでは最初から最後までエンドレス(“E”ndless)で継続する。この作品を書くにあたり、85種類の異なる重弦を準備した。この85種類を導く条件は次の通り。
[1] E線は常に開放弦で使用し、それを最高音とするコンビネーションに限定する。
[2] 4つの弦に(オクターヴを含めて)重複音がないもの、即ち4つの異なる構成音によるもの。
 (以上2つの条件を満たす重弦は、488種類ある。)
[3] 4つの音が、何らかの4和音を構成するもの。ここでは、M7(長七)、7(属七)、m7(短七)、m7-5(減五短七)、augM7(長七上方変位)、7-5(属七下方変位)、mM7(短三長七)、dim(減七)、aug7(属七上方変位)の9種類に限定し、それらの基本形、第一転回形、第二転回形、第三転回形の全てを想定した。
 冒頭、パガニーニの《カプリース第1番》冒頭の和音に続き、以上3つの条件を満たす85種類の重弦全てを1回ずつ配置する。最後は、以上3つの条件を満たし、且つ「CAGE」の4音から成るものに収斂する。その後続くのは、「最高音をE線の開放弦とする」との縛りを解き、「CAGE」の4音から成る重弦のみによって高音域に達する。
 ピアノは、ケージの師匠であるカウエルの《エオリアン・ハープ》の奏法(音を出さずに鍵盤を押さえ内部弦をグリッサンドすると押さえた弦の音のみが保持される)によって伴奏する。(なお、「エオリアン」の正規の綴りは「Aeolian」だが、「Eolian」とも綴り得るので、「(a)“E”olian Harp」という、ちょっと苦しい「つながり」もある。)

◆ポストリュード<J>
 アタッカで始まるコーダ。ここまで演奏してきた「C」「A」「G」「E」の4つのソナタ全てをジョイント(“J”oint)する。恰も回想するかのようなのだが、同じ内容ではなく、元の楽想を「CAGE」全ての音を用いて演奏するかたちに変奏している。(つまり、ひたすら「CAGE」を連呼することになる。)
 「CAGE」の連呼の果てに、最後は、ケージの作品そのものを「引用」して終わる。
 ヴァイオリンの最後の音と同時に、ピアニストはピアノの蓋を閉じる。その後に「freeze」と指示されフェルマータがあり、楽譜にはこのように書いてある。
 「可能であれば、4分33秒間のフェルマータ。」

・・・これはもちろん、一種のジョーク(“J”oke)であるが、これをどの程度、真面目に解釈するかによって、この曲の演奏時間は変わる。曲全体の正味演奏時間は7分半ほどとなるが、これに最後の「引用」を完全に行うなら全体は12分間の曲となり、30秒ほどで切り上げるのであれば、8分間の曲となる。(なお、2012年は《4'33''》の60周年でもあった。)

このように、この作品はケージ・イヤーである2012年ということを多分に意識した作品であったため、2012年中に作曲を終わらせたかったのだが、少々こぼれてしまった。しかし、あくまでもケージ・イヤーに着想したことにこだわりたいので、作曲年を表記する場合には、(2013)とするのではなく、(2012~13)とすることを希望したい。






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