◆月に憑かれたピエロ ~シェーンベルクが書かなかった7つの詩 (2012)  

<初演>2012年10月24日(水) 札幌コンサートホール Kitara 小ホール
      2012年11月5日(月)東京文化会館 小ホール
      声:長島剛子 フルート&ピッコロ:多久潤一朗 クラリネット&バス・クラリネット:菊地秀夫
      ヴァイオリン&ヴィオラ:甲斐史子 チェロ:寺井創 ピアノ:梅本実 指揮:川島素晴

<初演時に配布されたパンフレットの原稿> (* ) はウェブ上での注釈

 私は、シェーンベルクの《月に憑かれたピエロ》を指揮者としてこれまでに何度か演奏してきた。そして、これに関する論考を書いたり、レクチャーを行ったりと、この作品の研究作業も続けてきた。だから、今回の100周年企画に参加できたことを嬉しく光栄に思う。更にこの企画は、シェーンベルクの作品のみならず《月に憑かれたピエロ》という詩集に付曲した様々な作品を集めるという興味深い内容であり、この機会に、僭越ながら私も新たな《月に憑かれたピエロ》を用意することとなった。

 既にご承知の通り、アルベール・ジローは50編(もう1編追加して考える場合もある)のフランス語の《Pierrot Lunaire》を書き、ハルトレーベンがそれを独訳し、1編追加している。
 この全51編の詩からシェーンベルクが選んだのは21編であり、30(29)編を余らせている。今宵聴くシェーンベルクではない作曲家の作品 
(*このページを参照) 以外にも余った30編への付曲は行われており、全編に独りが付曲した例や、シェーンベルクと同一編成による複数の作曲家による共作で完全版にした例等もある。

 私は、あくまでも7編ずつ3部からなるシェーンベルク作品へのリスペクトを軸に、いわばその前章として位置づけられるべく、7編の詩を選択。シェーンベルクと同一の編成によって演奏できるようにしつつ、シェーンベルクが21曲の中で採用していない編成のみを選択し、且つ7曲全てを異なる編成になるようにするという、シェーンベルクのコンセプトをも踏襲した。また、シェーンベルクは、第1部(フルートのみの伴奏による第7曲を含む)では、5人の伴奏者が同時に演奏する場面を設定しておらず、反対に第3部では5人全員登場する曲を多く配列している。その流れを踏まえ、その前章であるからには小編成を中心に据えるべきと判断。ヴァイオリンのみの伴奏による第1曲で始まり、曲が進むにつれ2人、3人、4人と人数が増え、その後は3人、2人、と逆に減少し、そしてバス・クラリネットのみの伴奏による第7曲で締める、というアーチ型の構成となっており、全5人による伴奏は一切行われない。

(* 編成表)
Fl/Picc Cl/B.Cl Vn/Vla Vc Pf 人数
1. Die Violine Vn 1
2. Der Koch Picc Pf 2
3. Souper Vla Vc Pf 3
4. Morgen Fl Cl Vla Vc 4
5. Die Kirche Fl Vc Pf 3
6. Im Spiegel Cl Vn 2
7. Selbstmord B.Cl 1


 詩の配列は、シェーンベルク作品の第1部~第2部の世界観とその流れ(月のイメージに由来する幻想的な内容の多い第1部、ネガティヴな感情に基づく血塗られた印象の詩が多く採用された第2部)を予見させるような配列とした。第1部~第2部の推移には、そのイメージの流れにシンクロして高音域中心の楽曲・編成から、徐々に低音域が楽器・音域ともに拡張されていくという音域の構成もなされている。そこで、今回作曲した前章での第1曲ではヴァイオリンの超高音域のみを用い、徐々に音域を下げていきながら、最終的にはバス・クラリネットのみの伴奏による第7曲に至る、即ち、音域の推移についてもシェーンベルク作品の第1部~第2部を示唆する構成となっている。

 歌唱についてはシェーンベルク作品同様、シュプレヒシュティンメ(語り声)を主体としているが、語りの手法と、語りとアンサンブルの関係について、極力、シェーンベルクが行わなかったような様式を模索している。また、音楽様式については、「表現主義」の精神は踏襲しつつ、やはり極力、シェーンベルクとは異なる様式になるよう努めた。

(以下、各曲の解説となるが、別掲の対訳 
(*ここでは下記に掲出) を同時に参照されたい。)

・第1曲 “Die Violine“ (ヴァイオリン *原題=月のヴァイオリン) 伴奏編成:ヴァイオリン
 ヴァイオリンは指板を超えた超高音域(ピアノの最高音以上)を中心に据え月から響くイメージを具現。非現実的な情景を前に意識が不明瞭な様を示すべく、語りは間欠的な発話で開始する。

・第2曲 “Der Koch“ (料理人 *原題=詩的な料理) 伴奏編成:ピッコロ、ピアノ
 月をオムレツに見立てて料理するという奇妙な見立てを複雑な変拍子(但し9小節のパターンを繰り返す)による躍動的で諧謔的な音楽で表現。この編成は、とりわけ、終盤の「星空に火花が飛び散る」イメージを具現するには最適である。

・第3曲 “Souper“ (晩餐 *原題=水上の晩餐) 伴奏編成:ヴィオラ、チェロ、ピアノ
 夜、水上をゆったり進むゴンドラの上での晩餐。シェーンベルクの第20曲のバルカローレ(舟歌)より更に緩やかな揺らぎを、ピアノの協和音による上下動が示す。あたりには蛍の光(ピアノの高音と弦の倍音奏法)が明滅する。原詩には「ヴィオールがマドリガルを奏でる」とあり、後半にはそのイメージを踏襲した部分もある。

・第4曲 “Morgen“ (朝 *原題=赤い塵) 伴奏編成:フルート、クラリネット、ヴィオラ、チェロ
 早朝に赤い塵が舞う様を、様々な特殊奏法が描く。「天からの合唱」は、原詩では「遠くのオーケストラがチマローザのアリアを優しく囁く」となっており、そのイメージも踏襲されている。

・第5曲 “Die Kirche“ (教会) 伴奏編成:フルート、チェロ、ピアノ
 伴奏も語りも低音に重心を置き、全体として暗鬱な音響像が支配する。終盤の血塗られた教会のイメージは、更にグロテスクな奏法が用いられて強調される。

・第6曲 “Im Spiegel“ (鏡の中で) 伴奏編成:クラリネット、ヴァイオリン
 2つの楽器が同期するのは鏡のイメージ、高音から下行・上行する音型は三日月のイメージに由来する。ここでの声は「語り」に徹する。

・第7曲 “Selbstmord“ (自殺) 伴奏編成:バス・クラリネット
 バス・クラリネットの高音は「血の色のする笑い」、スラップタンギングは釘を打つ様、等、全編を通じてテキストの内容と様々な奏法が対応している。イメージの中で自死したピエロは、最期、言葉を失っていく。


<歌詞対訳(長島剛子/梅本実)>

1.Die Violine

Der Violine zarte Seele,
Voll schweigend reger Harmonien,
Träumt nun im offenen Gehäuse
Nachzitternder Erregung Träume.

Wer wird aus solcher Ruh sie rühren
Aufs neu mit schmerzensmächtgem Arm,
Der Violine zarte Seele,
Voll schweigend reger Harmonien?

Ein feiner zager Strahl des Mondes,
Mit letzten Schmerzen süsser Qual
Ironisch tändelnd – reizt und reget
Leis mit dem silberhellen Bogen
Der Violine zarte Seele.

1.ヴァイオリン

ヴァイオリンの柔らかな魂は
沈黙と調和に満ちている。
それはニスを塗った木の箱の中で
物憂げで心を乱す夢を見るのだ。

一体誰が夜の静けさを打ち破って
苦しみに満ちた腕でそれを鳴らすのか。
ヴァイオリンの柔らかな魂は
沈黙と調和に満ちている。

繊細で弱々しい月の光は
最期の甘い苦悶の表情を浮かべて
皮肉っぽくふざけながら愛撫する。
ヴァイオリンの柔らかな魂を
銀色に輝く弓で静かに奏でるように。

2.Der Koch

Eine goldne Omelette
Auf des Himmels schwarzen Herde
Steht der Mond – in allen Fenstern
Spiegelt sich sein gelbes Bild.

Wie ein Koch – in weissen Kleidern,
Prüft Pierrot mit Kennerblick
Eine goldne Omelette
Auf des Himmels schwarzem Herde.

Und mit sachlich krausen Mienen
Schwingt er eine Kasserolle,
Denn gleich gilt es – umzuwenden
In der Sterne sprühnden Funken
Eine goldne Omelette.

2.料理人

天の暗黒のかまどで作られる
黄金色のオムレツは
月そのものだ。それは全ての窓に
その黄色い姿を映し出す。

料理人のような白い恰好をして
プロの厳しい目でピエロは
天の暗黒のかまどで作られる
黄金色のオムレツの出来を確かめる。

そして眉間にしわを寄せて
フライパンを揺する。
裏返しにするタイミングは今だ。
その時星空に火花が飛び散る
黄金色のオムレツの。

3.Souper

In einer müden Gondel
Auf dunkelblauer Flut
Sitzt traut mit Colombine
Pierrot beim roten Wein.

Johaniswürmchen leuchten
Als ihres Haars Demanten –
In einer müden Gondel
Auf dunkelblauer Flut.

Der Mond in seiner Güte
Giesst all sein Gold hernieder!
Und ihr zu Füssen duften
Die Veilchen – welk, verstreut
In einer müden Gondel.

3.晩餐

紺色の流れにのって
ゆったりと進むゴンドラの中で
ピエロはコロンビーネと
くつろいでワインを楽しむ。

ホタルが光を放つさまは
彼女の髪に宝石をちりばめたようだ。
紺色の流れにのって
ゆったりと進むゴンドラの中で

月は二人を見守るかのように
その黄金の光を降り注ぐ!
彼女の足元にはしぼみかけたすみれが
最後の香りを放つ。
ゆったりと進むゴンドラの中で

4.Morgen

Ein rosig blasser, feiner Staub
Tanzt früh am Morgen auf den Gräsern.
Leis klingt ein Singen, hell und klar,
Gleich fernem Himmelschor.

Wie eine weisse Rose bleicht
Der Morgenstern im Tau des Himmels.
Ein rosig blasser, feiner Staub
Tanzt auf den Gräsern früh.

Ein zartes, junges Dirnchen flieht
Scheu vor dem lüsternen Cassander.
Die weissen Röckchen streifen leicht
Die Blumen – und es hebt sich duftend
Ein rosig blasser, feiner Staub.

4.朝

薄バラ色の細かなチリが
早朝の草地の上に舞い上がる。
明るく澄みきった歌声がかすかに聞こえてくる。
遥かな天からの合唱のように。

白いバラが色褪せるように
朝の星は天の露になる。
薄バラ色の細かなチリが
早朝の草地の上に舞い上がる。

若くて華奢な娘は
しつこいカッサンドラから身を逃れる。
白いスカートが軽く揺れ
花々から芳しい香りが漂ってくる
薄バラ色の細かなチリとともに。

5.Die Kirche

In der dunklen, weihrauchschwülen Kirche,
Wie ein Strahl des Mondes, der sich einstahl
Durch die halbverblassten Fensterbilder,
Teilt Pierrot die schweigend dumpfe Dämmerung

Auf das hohe Chor, vermummt in Schatten,
Schreitet er mit weltentrückten Augen –
In der dunklen, weihrauchschwülen Kirche,
Wie ein Strahl des Mondes, der sich einstahl.

Sieh – da flammen plötzlich alle Kerzen
Lodernd auf! Die Nacht zerreisst vor ihnen!
Und sie bluten auf dem lichten Altar
Wie der Finsternis zerfetzte Wunden –
In der dunklen, weihrauchschwülen Kirche.

5.教会

暗く、香煙が立ち込めた教会の中に
月の光が忍び込んでくるように、
色褪せたステンドガラスを通して
ピエロの姿が静かに浮かび出る。

暗闇に包まれた高い内陣に
彼は霊感に満ちた眼差しで歩み寄る。
暗く、香煙が立ち込めた教会の中に
月の光が忍び込んでくるように。

見よ!全ての蝋燭に突然火が点り
燃え上がり、夜が引き裂かれる!
そして明るい祭壇には血が流れる。
暗闇がずたずたに引き裂かれたように-
暗く、香煙が立ち込めた教会の中で。

6.Im Spiegel

Eine silberklare Mondessichel,

Hoch im Blau des heitren Abendhimmels,
Blickt in Colombinchens Boudoir
Durch die Flügeltüren der Veranda.

Gegenüber in dem Riesenspiegel
Malt sich, wie das Sinnbild frohen Friedens,
Eine silberklare Mondessichel,
Hoch im Blau des heitren Abendhimmels.

Vor dem Spiegel steht Pierrot,der Eitle,
Stolz auf seine Schlanken, weissen Glieder.
Plötzlich lacht er hell: auf seinem Haupte
Glänzt als Diadem, brillantenfunkelnd,
Eine silberklare Mondessichel.

6.鏡の中で

夕暮れの青く澄み切った天高く
銀色に輝く三日月の光が
ベランダの窓を通して
コロンビーネの居間に差し込んでくる。

巨大な鏡の中には
喜ばしい平和の象徴が現れる。
夕暮れの青く澄み切った天高く
銀色に輝く三日月が。

鏡の前にはうぬぼれもののピエロが立って
白くすらりとした肢体を誇らしげに見せる。
突然彼は甲高い笑い声を上げる。
彼の頭上に王冠が輝いているではないか
それは銀色に輝く三日月だ。

7.Selbstmord

In des Mondes weisser Robe
Lacht Pierrot sein blutges Lachen.
Wirrer werden seine Mienen,
Glas auf Glas stürzt er hinab!

Droben in die kreidge Mauer
Schlägt er bebend einen Nagel –
In des Mondes weisser Robe
Lacht Pierrot sein blutges Lachen!

Und er schürzt den Henkersknoten,
Schmückt den Hals sich mit der Schlinge –
Und mit ausgestreckter Zunge
Hängt er, zappelnd wie ein Karpfen,
In des Mondes weisser Robe.


7.自殺

月の光に輝く白いローブを着て
ピエロは血の色のする笑いを浮かべる。
彼は杯を重ねるごとに酔いが回ってきて
しだいに混乱した状態になる。

白い漆喰の天井の壁に
彼は震えながら釘を打つ-
月の光に輝く白いローブを着て
ピエロは血の色のする笑いを浮かべる。

そして彼は首を吊るための結び目を作り
その結び目を自分の首に掛ける
鯉がバタバタするようになりながら
彼は自分の舌を出して首を吊る
月の光に輝く白いローブを着て。


<初演チラシ画像>







上演予定 経歴 作品表  テキスト

eX.