5人の奏者のための「ソナタとエキシビション」(2010) “Sonatas and Exhibitions” for five players
  [Flute(Piccolo, Alto Flute), Clarinet in B♭, Marimba (5 oct), Percussion, Contrabass] 15'
 

<初演>2010年2月26日(金) 府中の森芸術劇場 ウィーンホール
      Pont de Vue vol.4 ~ケフェウス五重奏団、アンサンブルPVDを迎えて~
      
*ケフェウス五重奏団により、築田佳奈、加藤真一郎、池田哲美、川島素晴、森山智宏、鈴木輝昭作品が演奏され、
         最後にアンサンブルPVDによって三善晃「トルスII」が演奏された。

      ケフェウス五重奏団
      (Flute:遠藤佳奈子 Clarinet:堤奈津子 Marimba:篠崎陽子 Percussion:長屋綾乃 Contrabass:田中洸太郎)

<初演時、当日のパンフレット原稿>

 題名はケージの「Sonatas and Interludes」に由来し、Sonataはバロック時代のもの(単に器楽作品の意)と同義である。
 ケージがInterludeをSonataの合間に配したのに対し、ここではExhibitionが挿入される。これは、空間構成された奏者による単一の響きの「展示」をひとつの音楽作品と見做すもので、絵画や彫刻の鑑賞体験を音楽の場で実践する試みである。


 作品全体は4つのSonataとその前後に「展示」される5つのExhibitionからなり、各Sonataの標題には当演奏会企画者両名の姓の2文字を1字ずつを、各Exhibitionの標題には演奏者5人の名から1字ずつを拝借している。

・Exibitition-1「遠方より」 ◆Sonata-1「鈴鳴らし」
・Exibitition-2「防波堤」 ◆Sonata-2「様々な木」
・Exibitition-3「陽溜まり」 ◆Sonata-3「森の声」
・Exibitition-4「目も綾」 ◆Sonata-4「山の稜線」
・Exibitition-5「洸洋たる響き」


<より詳しい解説>
 
 この題名における「Sonata」とは、ルネサンス後期からバロック期にかけてのそれであり、ソナタ形式とは無縁の単に器楽作品を意味する語としてある。従って英語表記は「Sonatas」と複数形になる。このような「Sonata」の概念は新古典主義時代に復活するが、20世紀における最も重要な「Sonata(バロック期の意味での)」は、ケージの「Sonatas and Interludes」であろう。この作品の題名「Sonatas and Exhibitions」には、このケージ作品へのオマージュの意味も込められている。
 ケージが「Interlude」を幾つかの「Sonatas」の合間に配したのに対し、ここでは、「Exhibition」なるものが各「Sonata」の前後に配置される。この「Exhibition」では、ステージに空間的に構成された奏者により、単一の響きを「展示」する。このひとつの響きを、ひとつの音楽作品と見做すもので、絵画や彫刻のように時間的推移を前提にしない藝術鑑賞体験を、本来は時間的推移が前提である音楽聴取の場で実践する試みである。個々の演奏者が奏でる様々な姿勢や奏法、それぞれの音の関係性や奏者の配置等を、響きが持続する間につぶさに観察するならば、ひとつの響きの中に実に多くの情報を感得することになる。ラ・モンテ・ヤングが実践した「永遠の劇場」が、とどのつまり瞑想に向かった(つまり結局時間性を前提にしていた)のに対し、ここでは、純粋に美術鑑賞体験と同義な体験性が求められている。また、人間が楽器を用いて実践するという点において、いわゆるインスタレーションとも根本的に異なる。ここではむしろ、身体性や行為性が、視覚性や空間性と同等に重要な要素として提示されているのである。このような「Exhibition」のアイデアは、私が「演じる音楽」を提唱するより以前から実践され、大学受験の浪人中に作曲した「Exhibition Ia」(1991/未演奏) がその発端である。その後、1996年に開催された、木ノ脇道元による川島作品個展に際し、上演曲目の曲間等に「Exhibition」を挿入して上演するといった手法を実践し、初めて実演を行った。このような方法での実演は、2005年と2006年にEnsemble Bois によって開催された2度の川島作品展においても実践している。この「Exhibistion」の考え方を一連の器楽作品の中に取り込む方法は、既に金管五重奏曲「その森には25の径があった」(1998) において実践しているが、今回の「Sonatas and Exhibitions」では、4つの「Sonata」の前後5箇所、全ての場所にこのようなアイデアに基づく「Exhibition」を上演するという様式を実践している。このような様式による実践は、この「Exhibition」なる体験が、どちらかというと「音楽的」な体験であり、インスタレーションの体験とは本質的に異なるものであることを強調することになるであろう。

・Exibitition-1「遠方より」 ◆Sonata-1「鈴鳴らし」
・Exibitition-2「防波堤」 ◆Sonata-2「様々な木」
・Exibitition-3「陽溜まり」 ◆Sonata-3「森の声」
・Exibitition-4「目も綾」 ◆Sonata-4「山の稜線」
・Exibitition-5「洸洋たる響き」


 ところでこの「フルート、クラリネット、マリンバ、打楽器、コントラバス」という編成、「東京五重奏団」が開発し「プレイアード五重奏団」が引き継ぎ、そして今回新たな「ケフェウス五重奏団」が誕生することで、日本が開発した世界に誇る新たな伝統的編成とでもいうべきものであるが、しかしながら、実際はこれでバランス良く作曲するのは難しい。私はこの問題を解決するために、まずは基本的設定として、打楽器奏者の奏でる音に対してそれ以外の4楽器が反応する仕立てとし、その反応の仕方について、4つの「Sonata」それぞれに異なる方法を適用させた。
 各「Sonata」の標題にはそれぞれ「鈴」「木」「森」「山」という文字が含まれ、それが打楽器奏者の奏でる音を示唆している。この4つの文字(即ち打楽器の音)は、この作品を初演した演奏会の企画者である鈴木輝昭、森山智宏両氏の姓2文字ずつ「鈴+木 / 森+山」をとって選択された。

◆Sonata-1「鈴鳴らし」
 そりの鈴、風鈴等の金属製のベル、土鈴、駅鈴、といった様々な「鈴」を打楽器奏者が奏で、その音色を残る4つの楽器が転写・潤色する。順次進行で上行・あるいは下行するラインに加え、ある特定の和音のアルペジオ音型を奏でるパートが重なっている。このようなパートの存在は、アルヴォ・ペルトの「ティンティナブリ様式(鈴鳴らし様式)」にインスパイアされたものであり、当然、題名とも深く関わっている。コントラバスのパートは終始一貫して高次倍音列によるアルペジョを奏でており、このこともまた、「鈴鳴らし様式」の発想がヒントになっている。曲の最後は、奏者全員が「鈴鳴らし」によって終わる。

◆Sonata-2「様々な木」
 そもそも、この5人による編成は、マリンバは完全に「木」の楽器であり、フルートとクラリネットは(今日は木製とは限らないが)「木管楽器」であり、そしてコントラバスは弦楽器であるがその大半は「木」で構成されているわけで、打楽器奏者が「木」しか鳴らさなければ、全てが「木」で統一されることになる。「Sonata-1」が比較的金属的なサウンドを指向したのに対して、ここでは「木」の側面をクローズアップしている。打楽器奏者は、ウッドブロック、ギロ、拍子木といった「木」の楽器のみを演奏し、そのパルス(或いはギロのような震える持続音)に対して残る4名が文字通り「反応」する(「木」1音に対して3つの楽器がセットされている)。リズミックで変拍子に満ちた楽想で、多くは特殊奏法となっている。後半は、「木」が奏でる9種類の音に反応していた4楽器が、やがて重なっていき、「木」は徐々に発音をやめ、4楽器に音を転写していく。4楽器のみが残された時点で「木」の音に聴こえれば成功。最後は、「木」のパルスが「キ」の発音にとって代わり、「木」が転がるのを「木」で止める、というオチで終了。

◆Sonata-3「森の声」
 この曲は、「森で感じる様々な生命の気配」が主題である。打楽器奏者は、鳥、蛙、虫、小動物の動き、といった4種類の「森の生命」を象徴するサウンドを奏でる。これは、かつて「SE(音響効果)」として用いられていたような音響模写楽器によるものだから、比較的「そのもの」の音が鳴るはずである。しかし残る4奏者は、そのサウンドに対し、できるだけ近い音を「楽器」で奏でなければならない。楽譜に奏法も指定しているが、しかし、演奏者各自の工夫と注意深い聴取が問われてもいる。打楽器奏者の音に対してどのような反応をすべきか、「模倣」「変奏」「拡張」「別種」「新種」の5種類の方法が指定されている。なお、「虫」のカテゴリーでは「蝉」がメインとなっているが、それは、この作品の作曲のきっかけとなった鈴木輝昭氏がその作品の中で主要なテーマとしているのが「ひぐらし」であることとも無関係ではない。現在1歳3ヶ月となった息子を連れて近所の森や山(広大な狭山丘陵は自然の宝庫である)に散歩にでかける習慣ができたことが、この曲の成立には不可欠であった。

◆Sonata-4「山の稜線」
 ここでの打楽器奏者は、フレクサトーン、スライドホイッスル、サイレンホイッスルといった、グリッサンド音を奏でられる楽器を演奏する。基本的に、残る4奏者はその軌跡をなぞる上行・下行音型を奏でている。この、4奏者が奏でる音型は、全て、アルバン・ベルクが12音技法期に用いた音列(ヴァイオリン協奏曲、抒情組曲、ルルの基礎音列と各主題)で構成されている。なぜベルクなのか、と言えば、2010年がベルクの没後75年だから、ということもなきにしもあらずだが、「山」は独語で「Berg」だから、というのが本当の理由。これらの音列の構造には、ベルクが意図的に調性的な響きを取り入れているために、素早く連続的に演奏するとあまり「無調」的に響かないわけだが、それもまたこれらの音列を選択した理由でもあり、このように連続的に奏でられるでられることで、そのようなベルク音列の特徴は一層、強調されることになるであろう。

 以上、4つの「Sonata」の前後に「展示」される5つの「Exhibition」の標題には、今度は、初演時の演奏者であるケフェウス五重奏団を構成する5人の名から、1字ずつを拝借している。そして、拝借した人物が担当するパートが、その「Exhibition」の主要なパートとなるように設定されている。

・Exibitition-1「遠方より」 (フルート:「遠」藤佳奈子)
 遠くから響く高音と、それを見つめる存在。題名は、この演奏会のトリに選曲された三善晃氏を意識したものでもある。

・Exibitition-2「防波堤」 (クラリネット:「堤」奈津子)
 4楽器がそれぞれなりの必死さで堤防を築いている。それに向かって波を放つクラリネット。

・Exibitition-3「陽溜まり」 (マリンバ:篠崎「陽」子)
 マリンバに照る緩やかな陽射しに集う、友人たちの午後のひととき。

・Exibitition-4「目も綾」 (打楽器:長野「綾」乃)
 語彙は、目を綾模様にする、つまり驚いた様子である。耳栓着用で演奏するほどの強烈な音。

・Exibitition-5「洸洋たる響き」 (コントラバス:田中「洸」太郎)
 洸洋たる…水が深くて広い様。完全5度調弦にしたコントラバス開放2弦を寝かせて奏で、その周囲に広がる空間。



<初演演奏会のリーフレット表>


<初演演奏会のリーフレット裏>


上演予定 経歴 作品表  テキスト

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