◆月に憑かれたエチュード II (2012)  

<初演>2012年12月20日(木) けやきホール(JASRAC内)
      松平敬 無伴奏リサイタル ~独声 vol.5~
      バリトン:松平敬

<初演時に配布されたパンフレットの原稿> 

2005年に作曲した、ソプラノ独唱のための《月に憑かれたエチュード》のバリトン版。 
シェーンベルク作曲の《月に憑かれたピエロ》は全21曲から成るが、その各曲のテキスト断片を下記21の唱法によって歌い分けていく。 

[1] バリトンの高音域 
[2] 低音とファルセット高音を瞬時に交替するワルツ 
[3] 喉の奥を揺らすトレモロでグリッサンド 
[4] 唇破裂音、舌クリック等のノイズと歌唱の同時進行 
[5] ファルセット低音で淑女風 
[6] 高速アルペジョ [7]ファルセットで幼児風 
[8] 様々なフラッター 
[9] 呼気吸気の交替 
[10] 喉を詰めた発声で蠅の模倣 
[11] 手を用いた様々なトレモロ効果 
[12] 超低音でのしわがれ声 
[13] 蛇行するグリッサンド 
[14] 微かに音程を含む囁き声 
[15] あくびを含む鼻にかかった発声 
[16] いびき 
[17] 和の唱法(文楽・演歌のこぶし・能) 
[18] 吸気のみの発声 
[19] 犬の唸りと遠吠え 
[20] 高音域での半音階的で複雑な音型 
[21] 早口による絶叫 

これらが徐々に細断され交替が加速していく。 
ソプラノ版の時点で「これ以上演奏困難な歌の作品は無い」という内容となっていたが、ソプラノ版に比べてバリトン版では、ファルセットの技術が加味されたことで、一層、上演が難しい作品となった。 
恐らくこれが演奏できるのは、世界で松平敬氏、ただ一人であろう。 

シェーンベルク《月に憑かれたピエロ》100周年を記念して、今年作曲した2つの作品のうちの1つ。

<補遺> 

各唱法における、シェーンベルクのテキスト引用個所と、テキストと唱法の関連性一覧

唱法 原曲引用個所 原曲との共通項、連想
1 バリトンの高音域 3. Der Dandy 原曲でも最も高い音が登場する
2 低音とファルセット高音を瞬時に交替するワルツ 5. Valse de Chopin ワルツ
3 喉の奥を揺らすトレモロでグリッサンド 7. Der Kranke Mond8 病的、最後に震える発声がある
4 唇破裂音、舌クリック等のノイズと歌唱の同時進行 15.Heimweh コメディア・デラルテ
5 ファルセット低音で淑女風 4. Eine blasse Wäscherin 神秘的な女性
6 高速アルペジョ 20.Heimfahrt 月の光線
7 ファルセットで幼児風 2. Colombine お伽話風=幼年性
8 様々なフラッター 19.Serenade 弓で頭部を弾かれている状態
9 呼気吸気の交替 6. Madonna7. 歩むようなチェロの音階
10 喉を詰めた発声で蠅の模倣 9. Gebet an Pierrot 笑いを忘れる=喉を詰める
11 手を用いた様々なトレモロ効果 17.Parodie パロディー
12 超低音でのしわがれ声 8. Nacht 原曲でも最も低音が登場する
13 蛇行するグリッサンド 10.Raub 盗みに降り、慌てて逃げる様
14 微かに音程を含む囁き声 21.O Alter Duft ノスタルジー
15 あくびを含む鼻にかかった発声 18.Der Mondfleck 愚かさ、滑稽さ
16 いびき 11.Rote Messe 音響的なグロテスクさ
17 和の唱法(文楽・演歌のこぶし・能) 16.Gemeinheit! 悪趣味
18 吸気のみの発声 13.Enthauptung 脅迫観念
19 犬の唸りと遠吠え 1. Mondestrunken 水平線を眺める様子=遠吠え
20 高音域での半音階的で複雑な音型 14.Die Kreuze 高らかなステイトメント
21 早口による絶叫 12.Galgenlied 原曲も最も早口

このように、各唱法は、直接的にせよ、(若干苦し紛れな)連想的にせよ、テキスト引用個所との何らかの関係がある。
私見では、シェーンベルクの《月に憑かれたピエロ》の上演において、いかに21曲の歌唱をキャラクタライズするか、ということが重要だ(しかしなかなかそのような歌唱は難しい)と考えているのだが、この作品では、その「21曲を歌い分けるべき」との思いが、極めて極端に、凝縮的に示されているとも言える。

なお、シェーンベルク《月に憑かれたピエロ》100周年を記念して、2012年に作曲した2つの作品のうちのもう1つの曲は、《月に憑かれたピエロ ~シェーンベルクが書かなかった7つの詩》であり、これはシェーンベルクの作品と全く同じ編成で上演可能な、いわばシェーンベルク作品の「序章」となるべく書かれた作品である。






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