日本語 English

Yori-Aki Matsudaira
松平頼暁

    <略歴>

  1931年3月27日、作曲家・松平頼則 (1907-2001) の長男として東京に生まれる。
      東京都立大学理学部にて生物学を学ぶ一方、ピアノと作曲を独学で習得。
  1953年、12音的無調音楽『弦楽四重奏のための変奏曲』が音楽コンクールに入選。
  1956年、「グループ20.5」を結成、翌57年に発表した『変奏曲』で総音列技法を導入、
      同作品がISCM主催世界音楽祭に初入選。(現在までに計9回入選。)
          以後1960年まで総音列主義技法によって作曲。次の6年間、不確定性に興味を持つ。
              ・・・総音列、不確定性と、日本人としては最も早い時期に導入したひとり。
  1965年から1年間アメリカに滞在、翌66年から10年間、
      美術家ロバート・ラウシェンバーグのいうコンバイニング技法を音楽に適用。
  1972年には武満徹、高橋悠治、一柳慧、湯浅譲二、柴田南雄、林光とともに「トランソニック」結成。
  1976年に、総音程12音列を引き延ばして反復的に用いることによる「新しい旋法性」を実践、
      以後、反復と旋法性、微分音調律などを組み合わせた独自な音響世界を展開、
          1977年の『オシレーション』(マリンバ、調律をずらした3群のオーケストラ)により尾高賞受賞。
  その後、これら実践の拡張として
      ピッチ・インターヴァル技法(1000種に及ぶ総音程12音和音を乱数によって選出する技法)を確立。
  1990年には第3回K・セロツキ記念国際作曲コンペティションで、メック出版社特別賞をえる。
  1982年から1991年までの10年間、毎年作品個展を開催、
      1995年にはその集大成としてオーケストラ作品展を開催した。
          その後の個展としては、1997年、作曲家グループ「現在形の音楽」による室内楽展、
              2001年、生誕70年に寄せて開催された「松平先生、次は何ですか?」がある。
  1996年まで立教大学理学部教授、現在同大学名誉教授。
      1997年より東京純心女子大学講師として「アメリカの音楽」「現代音楽論」等の講義を行っている。
  日本現代音楽協会にて様々な役職をを歴任、
      1998年から2002年までは委員長を務め、2001年のISCM横浜大会招致を実現した。
  作曲活動のほか評論、研究などの文筆活動も盛んに行っており、
      著書に「音楽=振動する建築 」「現代音楽のパサージュ 」(いずれも青土社)などがある。
  1998年、紫綬褒章受章。
  2005年は、本サイト掲載の7/15「松平頼暁の音」の他に、
      10/6に、サントリー音楽財団主催のオーケストラ個展が開催される。
  

    <作品表>

  *2005年7/15「松平頼暁の音」にて上演した作品については赤字で表記しました。
  *購入情報リンクを貼りましたが、絶版、廃盤とおぼしきもので
     国立音大図書館に所蔵のものは国立音大 Web Opac にリンクしました。


    <著作>


    <松平頼暁執筆書誌>