<東京の夏>音楽祭関連公演
vol.1 「松平頼暁の音」
「作曲家の音」第1回のテーマ作曲家としてお迎えするのは、松平頼暁氏である。
常に最先端を歩き続けている氏の、1970年のパフォーマンス作品、
80年代の反復手法による作品から、今年書き下して頂いた最新作に至る
35年間の創作の軌跡を、2曲の初演を交えた厳選プログラムでお届けする。
●パースペクティヴA (1988) [pf]
多数のピアノ曲の中でも演奏機会僅少な一曲。コード、跳躍音型、クラスター、
異なる周期を持ったパルスの同居、モード音型など様々な要素が転換していく。
●ベッドサイド・ムーンライト (1982) [vo, pf]
「B-E-D」のサイドの「ムーンライト」が・・・つまり、「月光ソナタ」の反復音型(ニ短調に移調)
に乗せて、「変ロ-ホ-ニ」の音が寄り添うというシャレに始まる伴奏と、気だるい歌。
●カードゲーム (1995) [vo] + ●Why not? (1970) [2 noise makers]
『Why not?』は、切ったトランプを見ながら行うパフォーマンスピース。
『カードゲーム』は、後年、同様のアイデアで作曲されたヴォーカルピース。
今回は、作曲者自身の提案による同時演奏版としての初演となる。
●ポリクロノメトリー (2005/世界初演) [cl]
題名は複数の時間的プロセスを同時に進行させる意図による。菊地秀夫氏との
コラボレーションによって、彼の持てる技術の限界を想定して書き下ろされた新作。
●創世記 (1981) [vo, fl, cl, vc,
pf]
反復手法を実践していた時期における代表作。
モードの反復音型に乗せて旧約聖書のテキストを淡々と歌い上げる。
●Uのための0, 1 & 2 (1990/世界初演) [vc]
第1楽章「0」は弓を用いない奏法のみ。第2楽章「1」は弓を1本用いる。
そして第3楽章「2」では、2本の弓を同時に用いる特殊な技法が想定されている。世界初演。
●シミュレーション (1974-75) [tuba]
パリを拠点に活躍を続けていた橋本晋哉氏の帰国を受けて、急遽曲目を追加。
声や身振り、タンバリンやダブルリード奏法まで駆使した、チューバソロの難曲。
●エングレーヴィングI & II (1989) [fl, pf]
ピッコロからコントラバスフルートまでの数種のフルートを持ち替える難曲。
ピエール=イヴ・アルトーによる初演以来、日本人による初の演奏となる。
<演奏>フルート:木ノ脇道元 クラリネット:菊地秀夫 ピアノ:稲垣聡 堀江美穂子 チェロ:多井智紀 テューバ・ノイズメイカー:橋本晋哉 ヴォーカル:太田真紀 監修・ノイズメイカー:川島素晴 |
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2005年7月15日(金) 19時開演(18時半開場)
文京シビックホール・小
助成:芸術文化振興基金
<松平頼暁氏による解説>
●パースペクティヴA Perspective A
栗本洋子さんのために作曲。パースペクティヴBとは殆ど同じ素材だが、配置が違っている。穏やかな楽想、連打、モード的な断片、クラスター、コード、グリッサンド、アルペジオが始めに提示される。各々は、順序を規則的に変えながら、持続時間も変化して現れる。遠景が近景の並木によって、断ち切られながらしかもそれ自体続くように。
●ベッドサイド・ムーンライト Bedside Moonlight
1982年、上木祐子さんのリサイタルのために作曲。ピアニストが左手でベートーヴェンのムーンライト・ソナタをdモル(原曲より半音高い調)で奏し、左手でBED(シ♭、ミ、レ)という3音をそえる。題名はこのことに由来する。テキストは題名に因んで、「When the moonlight was coming into the bedside, a―, I was swinging.」 となっている。歌のパートはテキストのaの部分が長く延ばされているので、殆どヴォカリーズと言ってもよい。曲は数個の要素の寄せ木細工のように出来ている。9月に今回と同じ奏者、太田さんによる初演が予定されている「Bee in the Cage」と共に、計画中のオペラ「挑戦者(仮題)」の1シーンとなるはずである。
●カードゲーム + Why
not? Cardgame+ Why not?
『カードゲーム』(1995)は今回同時演奏される“Why not?”の固定ヴァージョンである。トランプのカードのマークが演奏法(はヴォカリーズ、は万葉集の貧窮問答歌によるシラヴィック唱法、はダイエットに関する論述を含む語り、ため息、叫び等、は子音、囁き、沈黙等)を指示し、その数字が持続時間(1秒〜13秒)を指示する。ジョーカーは協奏曲のカデンツァのような役割を持っていて、ここでは一応、モーツァルトのオペラのアリアをカズーを伴って歌うように指定されている。畠中恵子さんの委嘱で初演も彼女による。マザーアース出版より出版。
『Why not?』(1970)は楽器演奏、騒音演奏、ジェスチュア等予め決めた行為をトランプのカードのマーク毎に変えて演奏する(楽器、騒音、ジェスチュア等を混ぜても良いし、どれか1種類の中で4つの方法を選んでも良い)。持続はカードの数字による。
*企画者註:本日は、
橋本=停止、指揮(機械的)、各国語で数を数える、ピアノの掃除、+ジョーカー
川島=微細な動き、指揮(表出的)、ドラに数字を書く、風船を膨らませる +ジョーカー ・・・を予定しています。
●ポリクロノメトリー Polychronometry
菊地秀夫さんのために作曲。HIDEO KIKUCHI の12文字を構成している8文字に相当する素材を設定し、それを順序通りに並べる。ただ、各々をエコーのように3回ずつ、短く反復させている。HI h D hi E dhi O
edi…のように。
作曲に先だって、菊地さんには、様々な奏法をご教示頂いた。
●創世記 Genesis
ソプラノ、フルート、クラリネット、チェロとピアノのための作品。1981年、ミュージック・イン・スタイルの委嘱によって作曲。始めに、4度の堆積 [F♯-H-E-A-D-G] によって6音のモードが現れる。このモード [A-E-D-H-G-F♯] は、増4度を除く全音程(但し、短2度を長2度と同じに扱う・・・以下同様)を含んでいる。このモードは4度移高型 [D-A-G-E-C-H] と重ねられ、7番目の音高Cが加わる。そうしてできた7音のモード [D-A-G-E-C-H-F♯] が同じようにして8音のモード [E-D-A-G-F♯-C-H-F]
(+F) に成長し、以下B♭、E♭、A♭、D♭が順次加わり、最終的に 12音が揃った段階で [C-D♭-F-H-A♭-E-D-G-A-B♭-E♭-F♯] という全音程モードセリーに発展する。この過程は進化=情報収集過程のシミュレーションになっている。そのために、テキストには創世記第二章、第四節以下を用いることにした(King James版)。この作品は、しかし、創世記の物語を物語を表現しているのではない。進化と似た過程の表出である。だから曲頭にはノン・エスプレシヴォと書かれ、それの保証のためにテンポ・ジュストという言葉が加えられている。もちろん、クレシェンド、デクレシェンドはない。ソニック・アート出版より出版。
●Uのための0, 1
& 2 0, 1
& 2 for U
1990年のある日、チェロの指版と掌の実物大の切り抜きの入った手紙が届いた。2本弓を使うチェロ奏者、ウィッティからのものだった。彼女は4音まで、アルペジオではなく奏することが出来るだけでなく、ピッチの制御は難しいが、8音まで(!)同時に発することが出来る、とその書状には書いてあった。貴方の作品が気に入ったから(どの作品かは書いてなかった)作品を書いてほしいとのことだった。私は、弓を使わない“0”と、通常のように弓1本を使う“1”と、2本の弓を使う“2”を書いて送った。暫く後に、彼女が来日して始めて会った時、早く作品を送ってくれ、というので、既に大分前に発送したと答えると、解った、家主の中華料理屋の主が私に郵便物を渡すのをまた忘れたに違いない、という。その後、彼女がこの作品を受け取ったのかどうかを私は知らない。「Uのための」とあるのは、彼女の名前のイニシアルである。
●シミュレーション Simulation
ギリシャのテューバ奏者、ヤニス・ズガネリスのために作曲。テューバの演奏の真似―楽器なし、または楽器付き―テューバ演奏の口真似、そしてこれらの総合、結果としてテューバの音と、それに重なる声との重音も含まれる。次には口真似から離れた声そのものの演奏、テューバによる特殊奏法というように発展する。
初演は1975年、パリでの世界音楽の日々でのズガネリスによる。日本で始めて意図通りの演奏を聞くことが出来たのは、橋本さんの演奏による。Edizioni Suvini Zerboni社より出版。
●エングレーヴィングI & II Engraving I & II
1989年、ピエール=イヴ・アルト−氏のために作曲。フランスのクレマン・ジャヌカン(1485頃-1558)の鳥の声を模した二つのシャンソンを素材にしている。殆ど原曲と同じ断片、原曲に由来するアルペジオ音型、原曲を時間的に拡大もしくは縮小したフレーズ、原曲と直接関係のない断片、の4種を乱数に従って配置した。変奏曲を書いて、それらを切断し、任意の順序で並び換えたものと、似た結果が得られることを期待して設計した。初演は1990年9月、ピエール=イヴ・アルトー フルート・マラソンコンサートで、氏のフルート、久保洋子さんのピアノによる。マザーアース出版より出版。