「作曲家の音」は、ひとつのコンサートを通じて、毎回ひとりの作曲家に焦点を当てて
その「音宇宙」を描き出そうという、新しいシリーズである。
2005年7月、vol.1「松平頼暁の音」により始まり、
2005年11月にはvol.2「ヴェーベルンの音」を開催。
「これまで演奏頻度は低かったが名曲と呼ぶに相応しいもの」を中心に上演し
スタンダードとして示すことで、21世紀における新たな作曲家像の提示を意図している。

「東京の夏」音楽祭2006 関連公演

vol.3 「西村朗の音」 


3回は、日本を代表する作曲家、西村朗氏をお迎えして開催する。
西村作品はそのほとんどがCDとしてリリースされ、演奏機会も多数もたれている。
しかし、代表的書法であるヘテロフォニーに至る道程とその前後の室内楽作品については、
音源もリリースされていない上に、初演以来、全く上演されないできた。
今回はこれら初期の重要作品を特集し、現在の作曲技法を完成し発展させる軌跡を再確認する。

西村朗略歴@東京コンサーツ
武満作曲賞の西村朗ページ


 ・連作『雅歌I-IV (1987-88)
      ヘテロフォニー手法を確立する道程。日本初演を含む全曲45分に及ぶシリーズを、初めて連続上演する。
  『雅歌I』〜ヘテロフォニーの具象(1987) [尺八, fl, , vc, cond]
  『雅歌II』〜ヘテロフォニーの抽象(1987) [sop, fl, cl, vn, 2pf, cond]
  『雅歌III』〜ヘテロフォニーの概念化(1987) [vn, 2pf]
  『雅歌IV』〜ドローン上のヘテロフォニー(1988 / 日本初演) [vn, vc]


 
・受胎告知 (1976) [sop, 2fl, 2vn, 2perc, cond]
      大学院時代に学内で試演されたもので、今回は30年ぶりの公開初演。打楽器の特殊用法や独特な声楽の扱いが意欲的な作品。

 ・オルガヌムス (1989) [fl, cl, vn, vib, pf, cond]
      様々な作曲上のアイデアを探求した作品集。40分に及ぶ大作を、17年ぶりに上演。

 尺八:藤原道山 筝:西陽子 fl:木ノ脇道元・多久潤一朗 cl:菊地秀夫
 vn:甲斐史子辺見康孝 vc:多井智紀 pf:稲垣聡・中川賢一

 perc:石崎陽子・稲野珠緒 sop太田真紀 企画・指揮:川島素晴

2006年7月18日(火) 19時開演(18時半開場) すみだトリフォニーホール(小)
入場料:3000円(前売り) 当日3500円 (学生2000円)(全席指定)



今回の特色は、西村氏が「ヘテロフォニー」の手法を
確立するに至った前後の作品を取り上げることです。
実はこの内容、企画者川島が高校時代にこれらの作品を聴いて
感銘を受けて以来
、20年近く温め続けていたものであります。
(気付けば、自分自身が当時の西村氏の年齢になってしまいました。)
このほど、作曲者ご本人のご指導のもと、ここに実現いたします。
当日は、ご本人もご来場の上、お話も賜ることとなりました。





<作曲者・西村朗氏によるコメント>


<作品について>

 新世代を代表する優れた作曲家であり、敬愛する友人である川島素晴さんが、
ご自身の企画コンサート「作曲家の音」で、今回、私の作品を取り上げてくださることになった。
大変光栄に存じております。選曲は川島さんによるもので、いずれも未出版曲。
これまでに演奏の機会にあまり恵まれていないものばかりです。
ですが私にとってはそれぞれにそれなりの意味を持つ曲で、
今回、すばらしい演奏家の方々による再演の機会を賜ったことを心から嬉しく思っております。
かつてこれらを作曲した時の、「その時」が私の中で蘇ることでしょう。


----------------<雅歌(がか)T〜W>(1986〜88)----------------

 これらは作曲語法としての「ヘテロフォニー」をめぐっての連作。
これ以前の約5年間、私は自分の作曲の「独自性」について思い悩みつつ、
東西・過去現代をさまようような試行錯誤的作曲を続けた。が、ふとしたきっかけ、
それは上野での現代美術展「戦後美術の40年展」に足を踏み入れたことであるが、
その刺激によって突然、心が奇妙に熱くなり、迷いが吹っ切れ、作曲の指針が定まった。
ためらいなく1975年の<弦楽四重奏のためのヘテロフォニー>の時点に戻り、
「ヘテロフォニー」について再び集中的に考えることにした。そして開始したのがこの<雅歌>の連作。

<雅歌T〜ヘテロフォニーの具象>
これは旋律的なヘテロフォニー、楽器の組み合わせにおいてもヘテロ(異質性)を意図し、
和洋の混成、すなわち管は尺八とフルート、弦は筝とチェロという、特異な編成の四重奏となった。

<雅歌U〜ヘテロフォニーの抽象>
ユニゾンに近い形で擦れ合う線と線のヘテロフォニー。
波形の異なる音、声とフルートとクラリネットとヴァイオリンと、倍音を含むピアノ(トリル)の音線が
微妙なずれを伴ったユニゾン(モワレや滲みのある)を奏する。
高音の微差のヘテロな唸りだけではなく、感覚的な響きの遠近交差感も作り出したいという意図もあった。
 以上の2作は、横浜市教育委員会主催の「作品個展」(1987)において初演された。

<雅歌V〜ヘテロフォニーの概念化>
ヴァイオリンと2台のピアノによる曲で、音列主題を用いてのシステマチックな操作による作曲。
一つの無機的な主題の異なる変形が重なり合って生ずる「ずれ」。
もはや耳に感ずるヘテロフォニーではない。概念の敷衍があるばかり。
この無機的・概念的なヘテロフォニーは、技法としての「生命力」を失しているように思った。
しかしこの時点ではここまでやっておきたかった。
日本現代音楽協会の「春の音楽展」(1987)で初演された。

<雅歌W〜ドローン上のヘテロフォニー>
ヴァイオリンとチェロの二重奏曲で、開放弦のドローンとナチュラル・ハーモニックス奏法による
高次倍音のヘテロフォニックなオーロラ的うつろい、といった内容に特徴がある。
高次倍音のゆらぎへの関心を直截に示した作曲。奇曲と言えようか。
オランダの放送局NOSの委嘱で作曲、当地で放送初演された。日本での演奏は今回が初めて。


----------------ソプラノと6奏者のための<受胎告知>(1976)----------------

東京芸大作曲科4年生時の作品。
当時、作曲専攻の第2実技レッスン制度があり、間宮芳生先生のクラスに加えていただいていた。
そのクラスの課題作品としてこれを作曲し、学内第2ホールで、公開試演が行われた。
その時のプログラムは、この曲と、間宮先生の新作<ピアノ三重奏曲>の試演であった。
わずか30分足らずの試演会だったが、作曲家の学生らが多数来て、
ホールは熱気に包まれた。なつかしい思い出。
<弦楽四重奏のためのヘテロフォニー>のすぐあとの時期の作品だが、内容傾向が全く違う。
自分の中の作曲の方位振り子は当時激しく揺れていた。
この曲には、武満徹の影響が現れているようにも思える。
テキストは「エレミア哀歌」の第5章から、第20, 21, 22節。
最後に、大天使ガブリエルからマリアへの受胎告知の第一声が歌われる。
このようにキリスト教を題材にした曲は、私としてはきわめてめずらしい。


----------------<オルガヌムス>(1989)----------------

89年に音楽之友社主宰の「個展」コンサート(音友ホール)があり、そのためにあらたにこれを作曲した。
86年以来の一連のヘテロフォニー作曲に続く時期にあって、私はヘテロフォニーとの関連で、
さらにいくつかのシンプルな(コンセプト、手法、多声部構成法等についての)試みを為してみたいと考えた。
楽器編成はフルート、クラリネット、ヴァイオリン、ヴィブラフォンとピアノ。以下の5曲より成る。

1) 「風景T〜ドローン」
響きの質感が変化し続ける高いD音の持続。
その響きの線は次第にひび割れ、そのすきまから別の世界のノイズが滲み出したのち、
D音はE音とに分裂し安定を得て静止する。

2) 「風景U〜断片」
この曲には総譜は無い。各奏者はそれぞれに与えられた断片的な楽譜を、
図形で単純に示された演奏時に断続的に奏する。
各奏者に与えられた楽譜の内容は、いずれもペンタトニックで、モードも一致している。
同じ大気と香りと気温のなかで、音の「面」がうすいベールの重なりを成して揺れる。一種の瞑想曲。

3)「ヘミオラ」
ヘミオラとは「2対3」のこと。
1対1が、1対2となり、2対3となり、さらには2対3の複合体となる。
宇宙や生命の始動のモデル・イメージによる小品。

4) 「メリスマ」
世界の民俗歌謡には様々なメリスマ(装飾音形)が存在する。
これは音の線とメリスマによる一元的なヘテロフォニー合奏曲。
モードは常に共有されているので、転調が続いてもその時々の響きの全体はホモである、
が、各パートのメリスマとしての音の動き(うねり)はへテロである。

5) 「コロトミー」
コロトミーとはガムラン合奏において、各種打音が作り出す多層的な音楽形態を示す用語。
ここではピアノが奏し続ける8分音符の流れと、
その各音点の残像から紡ぎ出される4種の旋律の重なりを、コロトミーに見立てている。

初演のあとほどなく、NHK-FMの「現代の音楽」のために全曲をスタジオ録音し、放送された。
そのときは作曲者自身が口頭で長い解説を試みた。