◆編曲『トルコ行進曲(W.A.モーツァルト)』(2002) *クラヴィーア・ソナタ第11番イ長調K331 〜第3楽章(1781-83)
 Turkish March / W.A.Mozart
<編成>strings (5,4,3,3,1 or more)
<演奏所要時間>4分

<委嘱>ストリング・アンサンブル・ヴェガ
<初演>2002年3月1日(金)山梨・韮崎市文化ホール ストリング・アンサンブル・ヴェガ演奏会
      2002年3月2日(土)東京・紀尾井ホール    ストリング・アンサンブル・ヴェガ第8回定期演奏会  
      ストリング・アンサンブル・ヴェガ
      ヴァイオリン:川瀬麻由美 水鳥路 森田昌弘 白井篤 佐分利恭子 双紙正哉 山本千鶴 磯祥男 田尻順
        ヴィオラ:篠崎友美 川中子紀子 金子なお  チェロ:藤村俊介 村井将 荒庸子  コントラバス:池松宏


<再演記録>・2003年1月25日(土)山梨・高根町ふれあい交流ホール ストリング・アンサンブル・ヴェガ演奏会
         ・2003年1月26日(日)東京・浜離宮朝日ホール ストリング・アンサンブル・ヴェガ第9回定期演奏会
       ヴァイオリン:青木高志 佐分利恭子 白井篤 田尻順 水鳥路 森田昌弘 山本千鶴 大宮臨太郎 長原幸太
       ヴィオラ:金子なお 篠崎友美 桑田穣 村上淳一郎  チェロ:桑田歩 藤村俊介 村井将  コントラバス:池松宏


         ・2004年4月25日(日)山梨・高根町やまびこホール ストリング・アンサンブル・ヴェガ演奏会
         ・2004年4月20日(月)東京オペラシティ・コンサートホール ストリング・アンサンブル・ヴェガ第10回記念定期演奏会
      ヴァイオリン:川瀬麻由美 佐分利恭子 双紙正哉 水鳥路 森田昌弘 大宮臨太郎 長原幸太 三上亮 渡部基一
       ヴィオラ:金子なお 川中子紀子 篠崎友美 坂口翼  チェロ:桑田歩 藤村俊介 服部誠  コントラバス:池松宏

<放送>2005年11月20日(日)18:00-18:50
      NHK-FM「現代の音楽」〜日本の作曲家/川島素晴(1)詳細情報+放送音源(モノ)>
      2003年1月26日浜離宮朝日ホールのライヴ音源


<解説>
 そもそも僕は、1997年の秋から2003年夏まで、紀尾井シンフォニエッタのライブラリアンを務めていた。このシンフォニエッタでの出会いで、コントラバスの池松宏さん、チェロの丸山泰雄さんとのコラボレーションが始まった。(元を辿れば、このライブラリアンの就任は、それまでにやっていたEnsemble Contemporary αで一緒だったヴァイオリンの野口千代光さん、ヴィオラの安藤裕子さんたちの推薦があってのことだった。)
 コントラバスの池松さんとは、僕がライブラリアンに就任して早々、芥川作曲賞選考会で演奏された『Dual Personality I』のNHK-FMでの放送を聴いて下さっていて、その感想をわざわざおっしゃってくれたことに始まる。あの作品を聴いて、その上で興味を持って下さったわけで、「N響首席奏者」という、お堅い立場の彼が、とても新しい音楽に敏感であることがわかる。(なお、彼はこの「N響首席」の座を放棄し、2006年春、ニュージーランドのオケに旅立ってしまう。自らオーディションを受けてまでしてこの大胆な行動に出た彼の生き様は、敬服に値する。)
 その後、2000年の秋に紀尾井シンフォニエッタがヨーロッパツアーを行ったときのこと。マエストロやホール側の要望として、アンコールピースとして何か日本のものを、とのことだったので、それならば、ということで書いたのが『紀尾井の春に・・・』という、「さくら変奏曲」とでもいうべき作品であった。しかしこれは、一応、リハーサルだけはして旅立ったのだが、そのツアーでは結局演奏されないことになった。少々、モダンな要素が多過ぎたようである。でも、その上演見送りの決定を受けても「何でやらないの、やればいいのに!」と、擁護してくれたのは、池松さんと丸山さんだった。彼らは、僕の編曲を大変気に入ってくれたのである。
 このツアーの思い出は、とても沢山ある。ここには書き切れないので割愛するが、このツアー中、僕は池松さんに誘われて毎夜のようにゲーム(どんなゲームだったかはあまり大きな声で言えません)を行っていた。そんな交流の中で、彼が切り出したのが、彼自身がほぼ主宰同然の中心メンバーとして行っているストリング・アンサンブル・ヴェガへの楽曲提供についてである。「もう何年かやっているんだけど、そろそろネタが尽きてきたんだよね・・・。今回の『紀尾井の春に・・・』も、是非うちでやらせて欲しいんだけど、是非、新しい、大規模なものもお願いしたい。何か、面白い編曲のアイデアはない?」
 僕は帰国してすぐに、まず手始めに、プレゼントとしてショパンの『前奏曲第7番』を編曲した。それは直後の2000年11月に早速アンコールとして上演してくれて、そして2001年3月には、ラヴェルの『クープランの墓』全曲を編曲。このときに、約束どおり『紀尾井の春に・・・』もアンコールとして上演して下さった。その後、大きなものとしては、2002年にはドビュッシーの『夢〜ベルガマスク〜喜びの島』(全6曲)、2004年には『クープランの墓』再演、2005年にはラヴェルの『ボレロ』を、敢えてフルサイズでこの小編成弦楽合奏版を作ることに挑戦。・・・という具合に、大曲を提供してきた。
 ヴェガの特徴は、毎回、この忙しい16名のメンバーたちを、全員1週間拘束して合宿をする、ということである。しかも、合宿先の山梨県で1度本番をやって、それから東京公演を開く、という念の入れよう。この合宿風景(毎回、ペンションふぁみりいにて行われている。このサイトには、写真も含めた過去の記録も豊富なので是非ご覧下さい)も独特で、分奏も合奏も併せれば朝から晩まで、恐らく、普段のオケでは考えられない練習量。しかも、各曲ごとにコンマスが変わるのはよくある話としても、全員がスコアを充分に把握した状態で練習に臨み、指揮者をたてない分、合奏の最中に選択肢が生じると、相談や実験を重ねた上で、いちいち挙手で多数決をとる。トップクラスのプロが集合して、まとまった期間合宿をして、能動的にリハーサルを重ねる、などという、理想郷がここに実現しているのである。僕も毎度、合宿に参加しているのだが、このような団体とのコラボレーションは、本当にすばらしい体験であると同時に、他のオケもこうだったらな、、、なんて、無理なことをつぶやきたくもなる。
 2002年、ドビュッシーの編曲は、かなり切羽詰ってしまった。全6曲中最後の『喜びの島』は、合宿場で書き上げて、その場で渡す羽目に。しかも、既に上演してもらっている『紀尾井の春に・・・』以外にも、何かアンコールピースを、ということを常日頃言われていて、自分としては、その回のプログラムにモーツァルトがあったので、『トルコ行進曲』を編曲する心積もりだけはできていた。さて、合宿中にようやく本プロができたわけで、残り時間はもうわずか、当然、アンコールピースには全く手をつけていない。東京からスコアだけは持参していたのだが・・・。しかしながら、ともかく、アンコールだったら1日練習できれば何とかなるかもしれないから、明日までにどうにか書けないか、と言われてしまう。連日の徹夜続きでもうしんどい状況だったが、遅れてしまった手前、お詫びの気持ちに、ひと晩で何とか書き上げる決意をした。・・・かくして、夕食を合宿場で食べて、夜からの作業開始。そして翌朝には完成、パート譜まで全て自分で書き上げた。

 こういうグループだから、5/4/3/3/1という、総勢16名の小編成であっても、トゥッティは、フル編成の合奏に匹敵する(ちなみに、チェロパート以外は全員、立奏である)。そして、ソロや、室内楽的なテクスチャーにも縦横無尽に対応できる。『トルコ行進曲』の編曲でも、あらゆる可能性を尽くしている。
 冒頭のテーマの部分、室内楽書法で始まり、繰り返し段階ではトライアングルのイメージを具現した自然ハーモニクス音や、ピツィカートで演奏される主旋律に重なって原曲にない声部も現れる。A dur の部分では、伴奏にコル・レーニョまで登場する。続くfis moll の部分については、原曲にない複雑な対位法を実施、ヴァイオリンは全員異なる声部を演奏する。この後のA dur 部分では、旋律を敢えて低いチェロに回し、高音は原曲にはないグリッサンド(ハーモニクスに到達する)を決め部分で用い、低弦のバルトーク・ピツィカートと合わせている。更に、後半には足踏みも登場。最後のコーダにおける、6小節の弱奏部分については、ハーモニクスやアルペジョを駆使し、室内楽的に複雑な処理を施した繊細なサウンドを意図・・・と、短い中にも様々なアイデアが詰め込まれている。
 僕は、「原曲に忠実な編曲」というものは、現在、その作曲家が存命であったらどうするか、ということの想像(妄想?)に基づくべきであると考えている。そうでなければ、楽曲の意図を十全に実現することができないからである。この編曲も、自分にとっては、モーツァルトに成り代わって、彼が今、生きていれば、(そして今の弦楽器の可能性を全て知り尽くしていたならば)きっとこうしただろうな、という、想像の産物である。特殊奏法が登場するなど、奇抜に見えるかもしれないが、モーツァルトは、現代に生きていれば、きっとこのような奏法を喜んで採用していたと思う。
 実際、このソナタは、トルコのシンバルや太鼓を演奏しながら弾かれていたという見解もあるほどで、もしそれが本当だとすれば、そんな芸当は、現代においてすら、とてつもなく「奇抜」であり、この僕の編曲なんぞは可愛いもんである。
 なお、この編曲は、いつもやるたびにとても評判がよくて、ヴェガはほとんど毎回、演奏してくれている。(2005年の『ボレロ』の回では、新たにホルストの『ジュピター』を編曲したのだが。)

 (池松氏の離日に伴い、2006年に予定されていた公演は延期になった。ヴェガの今後の公演予定については、まだ見通しが立っていない。なお、今、是非やりたいと思っている編曲は、リストの『ピアノソナタ』やガーシュウィンの『ラプソディ・イン・ブルー』など。ピアニスティックな曲ほど、面白い結果が出そうである。)

(2005年11月27日記)