◆室内管弦楽のためのエチュード「Pre-Bridge/Cool!(KTR Hocket)/Spring/River/Vivace」(2001-2004)
Etudes for chamber orchestra
<編成>1,1,1,1/2,1,1,0/2perc,hrp,pf/strings (4,4,2,2,1 or 8,8,4,4,2)
<演奏所要時間>「Pre-Bridge」5分 「Cool!(KTR Hocket)」4分
「Spring」5分半 「River」5分 「Vivace」4分
(初演時3曲版:16分 現行5曲版:25分)
<委嘱>いずみホール・紀尾井ホール・しらかわホール (3ホール合同委嘱)
<初演>2001年6月27日(水)紀尾井ホール Prospect 2000-2001 第2回シェーンベルク没後50年
高関健指揮 アール・レスピラン 「Spring/River/Vivace」(初演時3曲版)
<再演記録>・2001年7月1日(日)名古屋・しらかわホール しらかわシンフォニア2000-2002 第2章 対峙する響き 静と動
本名徹次指揮 しらかわシンフォニア 「Spring/River/Vivace」(初演時3曲版)
・2001年7月5日(木)大阪・いずみホール いずみシンフォニエッタ大阪第2回定期演奏会
飯森範親指揮 いずみシンフォニエッタ大阪 「Spring/River/Vivace」(初演時3曲版)
・2002年7月26日(金)前橋市民文化会館 第3回「現代日本オーケストラ名曲の夕べ」in 群馬
高関健指揮 オールジャパン・シンフォニーオーケストラ
「Pre-Bridge/Spring/River/Vivace」(「前橋」楽章初演。4曲版)
・2004年1月29日(木)サントリーホール 新日本フィルハーモニー交響楽団第365回定期演奏会
・2004年1月31日(土)岐阜・サラマンカホール サラマンカホール音楽祭vol.3
大野和士指揮 新日本フィルハーモニー交響楽団 「Pre-Bridge/Spring/River/Vivace」(4曲版)
・2004年8月26日(木)札幌コンサートホールKitara 札幌交響楽団第470回定期演奏会
高関健指揮 札幌交響楽団
「Pre-Bridge/Cool!(KTR Hocket)/Spring/River/Vivace」(「キタラ」楽章初演。5曲版)
<再演予定>・2006年6月3日(土)いずみホール いずみシンフォニエッタ大阪第13回定期演奏会
本名徹次指揮 いずみシンフォニエッタ大阪
「Pre-Bridge/Cool!(KTR Hocket)/Spring」(いずみで未演奏の2曲と、「いずみ」楽章の計3楽章版)
<放送>・2005年11月13日(日)16:00-18:00
MUSIC BIRD「クラシック自由時間」〜東京参上!いずみシンフォニエッタ大阪
「Spring/River/Vivace」(初演時3曲版) 2001年7月5日いずみホールのライヴ音源
・2005年11月20日(日)18:00-18:50
NHK-FM「現代の音楽」〜日本の作曲家/川島素晴(1)<詳細情報+放送音源(モノ)>
「Pre-Bridge/Cool!(KTR-Hocket)/Spring/River/Vivace」(5曲版) 2004年8月26日Kitaraホールのライヴ音源
<解説>
そもそもこの曲は、いずみ・紀尾井・しらかわ3ホール合同委嘱作品、というプロジェクトの委嘱で作曲され、2001年に、3箇所のホールで続けて初演された。このような、3箇所で別の団体が一挙に初演する、という委嘱形態、上演形態は、大変興味深く、このような企画に敬意を表して、3つのホールそれぞれに捧げる楽章を1曲ずつ設定することを考えた。
「Spring」・・・大阪・いずみホールに捧げた楽章。「いずみ」は英語で「Spring」。だからこの題名なのだが、英語にしたことによって意味を転化させ、「バネ」の方の「スプリング」の意味とした。従って、曲を通じて、「ビョ〜ン」という、バネが跳ねるような音型(グリッサンドや素早い音階)ばかりが用いられている。他に、昔のトレーニング用品「エキスパンダー」のような楽器、「Spring
Guiro」(バネをこすって鳴らすギロ)を使っていたり、曲の最後にクラヴェス(丸い拍子木)を1本転がして、追いかけていってもう1本で打ちとめる、という演出もある。大阪のホール、ということもあり、全体は大阪の街の様子や、ちょっとしたギャグ風味を意識している。「Spring」は「春」の意味でもある。自分は大阪音楽大学で教えているが、キャンパスの春、というイメージも重なっている。
「River」・・・名古屋・しらかわホールに捧げた楽章。もちろん、「しらかわ」だから「River」という、安直な発想。この曲は、現代日本版「モルダウ」を意識している。冒頭、フルートがブレスノイズで奏でる音型から既に「モルダウ」の音型である。しかし、日本の川は、ヨーロッパの河と違って、あれほどに壮大なものにはならない。だから、ここでは、ほんのちょろちょろっとした湧き水から、せいぜい渓流程度まで、の部分を構想した。この曲は、木管楽器、ピアノ、ヴァイオリン、ヴィオラについては、例の「モルダウ」の音型から派生したパッセージを担当している(ピアノが一瞬『ダフニスとクロエ』になったりもする)。一方、金管楽器、低弦、ハープなどは、もわれた持続音を奏でているのだが、実はこの持続音が、「モルダウ」の旋律をすごく長く引き伸ばしたものになっている。最初からそうなっているのだが、一聴してそのことに気付く人はまずいない。後半は、引き伸ばしがほとんどなく、単にもわれているだけなので、比較的判別し易いが、それでも、注意して追いかけないと認識できないような感じで背後に忍んでいる。なお、愛知県のホール、ということで、瀬戸物を擦るノイズを用いていたりもする。前楽章が「春のキャンパス」とすれば、この楽章は「夏の渓流」の趣。
「Vivace」・・・東京・紀尾井ホールに捧げた楽章。さて、「紀尾井ホール」については、ちなむタイトルに困った。そこで思い出したのが、ホールの人によれば、「紀尾井(キオイ)」とは、「生」という文字ばかりで表記できる(「生醤油」の「キ」、「生い茂る」の「オ」、「生きる」の「イ」、つまり、「生生生=キオイ」)ので、「生き生きとした音楽」をホールのモットーにしたい、とのこと。そこで、苦肉の策ではあるが、「Vivace(生き生きと)」とした。音楽の内容は、東京の喧騒を意識して、室内オケを様々に分割して、各グループの特徴を活かした素早い音型を提示し、それらが段々と切迫していくという仕立て。最後はそれぞれの断片がほんの一瞬ずつしか現れない、目まぐるしい状況になる。「Spring」を「春」に見立てるならば、「夏」の「River」を経て、この楽章は「秋」に相当するので、「秋の運動会」、ともとれる。これを演奏した演奏者いわく、「この曲が終わると、本当に運動会で徒競争した後みたいになる。」・・・なお、この曲のテンポは、当時流行っていた「ミニモニ。じゃんけんぴょん」の流行理由を分析した日本音響研究所の見解の中に、「児童が興奮して暴れているときの脈拍が160くらいなので、この曲は児童を興奮させる効果がある」、というのがあったのを見て、設定された。(と言っても、実際の演奏が指定テンポ通りとは限りませんが。)最後には、ボレロのリズムも登場(水戸黄門じゃありません)。
・・・これら3つの楽章の版で、3箇所で上演された翌年、日本オーケストラ連盟主催の「現代日本のオーケストラ名曲」というシリーズが前橋市で開催されることになり、指揮者であった高関健氏が、この作品の再演を提案して下さった。僕は、再演されるにあたり、ならば、「前橋市」のホールについても新作を書こう、と思い立ち、「前橋」をそのまま訳した「Pre-Bridge」という楽章を新規に作曲し、冒頭に配置することを考えた。
更に2004年に大野和士指揮新日本フィルでの再演時は、サントリーと岐阜・サラマンカでの上演であり、既に東京の楽章はあったので、岐阜だけ追加するのは忍びなかったので、追加楽章は断念した。
しかし、同年の夏、札幌交響楽団での再演に当たっては、また高関氏に採り上げて頂いたということへの感謝もあり、更に楽章を追加することを考えた。ホールが「キタラホール」であったので、それを念頭に想を練った。
かくして、もともと3楽章だった曲が、現在は5楽章となった。追加2楽章の解説は下記の通り。
「Pre-Bridge」・・・前橋=Pre-Bridge、という、安直な翻訳ではあるが、「Pre-Bridge」の「Pre」は、「プレリュード」、「Bridge」は音楽用語で言う「ブリッジ=経過部」という、実に音楽的な造語となった。「前奏ではあるが、続く主部への推移をも示す」ということになるであろうが、ここでは更に、様々な「プレリュード」とか「イントロダクション」の引用(『牧神の午後への前奏曲』『トリスタンとイゾルデ前奏曲』『チャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番の冒頭』『平均律第1巻ハ長調の前奏曲』)と、「ブリッジ」については、群馬県と言って自分にとって最も印象深かったのが「鈍行列車旅行」だったので、その車窓の風景からインスパイアされた内容、即ち、次々、一見脈絡無く変化し続ける楽想、ということが意識されている。そして、内陸の県である群馬県を主役に、ということで、普段はオーケストラで奥の方に配置されている楽器群、ピアノ、ハープ、マリンバについて、この曲ではソリストとして扱った。(配置は奥側のまま、である。)これら3つの楽器が奏でる「和音」と、オーケストラは全く同期して進行する構造なので、3つの楽器のみでこの曲の基礎構造はほとんど全て示されていることになる。このような仕掛けから、この曲では「和声的構造」、或いは「和音連打」ということにも着目していて、例えば、別段「プレリュード」というわけでもないのに『春の祭典』の和音連打が引用される箇所は、その後に続く和音連打(こちらは、シュトックハウゼンのピアノ曲でもあり、それを引用したことで知られるB.A.ツィンマーマンの『ユビュ王の晩餐の音楽』の再引用とも考えられる)と接合されることで、その和声の形態に着目する、という意図がある。更に、『牧神』と『トリスタン』の引用については、手の込んだ仕掛けが施されており、最後に『トリスタン』が出てくると、それがそのまま『牧神』に化けることで曲を閉じるのだが、これは、『牧神』と『トリスタン』が、同じ「トリスタン和音」を用いているがその解決の仕方が異なるということ、即ち、ドビュッシーの「ワーグナーコンプレックスとそこからの脱却の意識」を、ここで敢えてクローズアップしよう、という意図がある。
「Cool!(KTR Hocket)」・・・札幌という、寒い場所での上演、ということで、「Cool」というわけだが、何故か「!」が付されている。これは、前述「Spring」のように、意味が転化して、「It's cool!」などの「Cool!」(例えば『ウェストサイド物語』に於けるような)が意識されているからであり、事実、この曲全体は「swing」で演奏され、ハイハットシンバルのスウィングリズムが背後を支えている。(いわゆる「指パッチン」も出てくる。これは、キタラホールに向かうタクシーの中でこの曲のアイデアを話していたら、運転手が、「じゃあ、指パッチンなんかもやるんですか?」と発言したのを受けて、後から追加したものである。)更に、「キタラホール」での上演、ということで、サブタイトル「KTR Hocket」が付された。これはどういう意味かというと、ここでは室内管弦楽を3群に分割していて、それぞれの群が「K」、「T」、「R」を担当し、それ以外の音は奏でない。「K」は、「キッ」という感じで、短く、高い音。「T」は、「タァ〜〜」という感じで、低めの持続音(但しアタックははっきりしている)。「R」は、「rrrr...」つまり、フラッター(巻き舌)による中音域の音。それぞれが交互に「K」「T」「R」と演奏すると、「キッ、タァ〜〜 rrrラーー」・・・という具合に響くはずである。「Hocket」というのは、「ホケット(ホケトゥス)」のことで、こういう具合に、別々のグループなり奏者なりが、交互に旋律を演奏する中世の音楽技法である。この曲では、常に3つのグループが「K(キ)・T(タ)・R(ラ)」の順で演奏していく、というだけの構造で全てが構成されている。しかし最後の部分だけは例外で、何故か『新世界』になってしまう。これは、この曲を初演した2004年がドヴォルザーク・イヤーであったことと、実際、その日の演目にドヴォルザークの交響曲(9番ではなく7番だったけど)があったから、ということに由来する。更に、続く「Spring」の冒頭音が「E(ミ)」だから、そのドミナントを響かせて終わる、という意味もあった。
・・・これら5楽章は、それぞれに独立した楽曲とも考えられるが、「Cool!」と「River」の最後の部分は、それぞれ、続く楽章へのアタッカを想定しているので、これらは単独演奏は不適切である。
全て演奏する場合の配列は、初演時通り、「Pre-Bridge/Cool!(KTR Hocket)/Spring/River/Vivace」であって欲しい。
そうすると、「Pre-Bridge」は紅葉の時期、「Cool!」が冬、「Spring」が春で以下夏、秋と続く、という具合に、四季を一巡することにもなる。
各楽章を自由に組み合わせる上演も可能で、事実、2005年6月には、最初の3曲のみを演奏する版を予定している(上記<上演予定>参照)。組み合わせるに当たっての条件は、上記に加えて、下記の通り。
・「Pre-Bridge」については、冒頭に配置されるのが適切である。
・「Vivace」を用いる場合は、最終曲に置くのが適切である。
・曲順については、何曲選択するとしても、5曲版の順に準拠するのが適切である。
・「Cool!」は単独演奏は不可能で、後続楽章は「Spring」「Vivace」のいずれかが適切である。
・「River」は単独演奏は不可能で、必ず「Vivace」に続かなければならない。
・また、「Cool!」〜「River」という接続も可能である。(しかしその場合、「River」に続く「Vivace」が必要である。)
以上の条件を満たす組み合わせ方法は、下記の通り。
・1曲の場合「Pre-Bridge」 「Spring」 「Vivace」
・2曲の場合「Pre-Bridge/Spring」 「Pre-Bridge/Vivace」 「Cool!(KTR Hocket)/Spring」
「Cool!(KTR Hocket)/Vivace」 「Spring/Vivace」 「River/Vivace」
・3曲の場合「Pre-Bridge/Cool!(KTR Hocket)/Spring」 「Pre-Bridge/Cool!(KTR Hocket)/Vivace」
「Pre-Bridge/Spring/Vivace」 「Pre-Bridge/River/Vivace」 「Cool!(KTR
Hocket)/Spring/Vivace」
「Cool!(KTR Hocket)/River/Vivace」 「Spring/River/Vivace」
・4曲の場合「Cool!(KTR Hocket)/Spring/River/Vivace」 「Pre-Bridge/Spring/River/Vivace」
「Pre-Bridge/Cool!(KTR Hocket)/River/Vivace」 「Pre-Bridge/Cool!(KTR
Hocket)/Spring/Vivace」
・5曲の場合「Pre-Bridge/Cool!(KTR Hocket)/Spring/River/Vivace」
なお、この曲は、これからも再演されるたびに、楽章を増やしていくつもりもある。(常に実現するとは限らないが。)
全都道府県ごとに1曲ずつ、全47曲揃えたい、というのは、将来の夢でもある。
(2005年11月27日記)